墓と薔薇

閑話:お茶とお菓子と女たち(2・前半)

 騎士たちの詰所となっている≪騎士宮≫敷地内に入れば、 入れ替わり立ち替わり移動する騎士たちの意識が一瞬自分へと向けられる事をデュシアンは当然気づいていた。
 『あ、ラヴィン公だ』と彼等の目は物語っている。最近頻繁にここに出入りしている上に、仕事柄彼らは人の顔を覚えるのが早い。 最近何かと目立っている女公爵の顔を覚えるのは朝飯前なのだろう。
 神殿ではもはや知らぬ人などいないぐらいの認知度になっているものだから、 注視されるのには慣れていたつもりのデュシアンであったけれども、 犯罪を取り締まる仕事も兼任する≪騎士≫という役柄の人間に顔を覚えられるのは居心地が悪かった。 やましいことが無いのにも関わらず、彼等の視界から消え去りたくなる。しかし公爵という手前、堂々と歩かねばならなかった。
「あ、ラヴィン公だ」
 騎士たちの誰もが心の中で思っていながらも、誰一人として口にしなかった言葉がデュシアンの耳に確かに届いた。 ちょうど円卓騎士団所有の建物、昇降口に差しかかった時である。
 顔を上げて言葉を発した主を確認すれば、それは今まさに建物から出てこようとしている円卓騎士であった。 表情に幼さを残す少年めいた雰囲気に、黒い軍服がやや浮いている。
 見覚えのあるその顔にデュシアンは軽く首を捻った。
「貴方は確か……」
 思い当たったのは、以前に神殿の廊下でティアレルとぶつかった時に彼女と共にいた円卓騎士だった。 隣りを歩く彼女を心配そうに何度も盗み見ていた青年と今目の前にいる彼とが一致する。
「円卓騎士団所属従騎士のユーリ・パーシルです。あの時は公爵だって知らなくて、 失礼しました」
 彼は人懐っこい笑みを浮かべると、軽い仕草で敬礼をした。デュシアンより頭一個分近く背が高いが、 身体つきなどは正規騎士と比べればやはり痩躯で、腕白な少年の域を抜け切れていない風貌である。 しかし鮮やかな緑色の双眸は、真っ直ぐ先に用意された名声を勝ち取ろうとする意欲に溢れているように映り、 デュシアンはつい魅入ってしまった。
「ダリル将軍にご用事ですか? 今将軍は元老院の方に――」
「ああ、いいえ。将軍ではなくて――」
 デュシアンは我に帰るとかぶりを振り、慌ててユーリの言葉を止めた。
「あの、ティアレルさんが今どちらにおられるかご存知ですか?」
「ティアさん?」
 斜め上の虚空を見つめながら顎に指を当てて軽く首を傾げるユーリの仕草は、やはりどこか幼い。 その仕草ときっちりとした詰襟の制服との落差によって苦笑が誘発されたが、 視線が戻ってきてしまったのでデュシアンは瞬時に頬を引き締めた。
「多分、今は政務室だと思うけど、――案内しようか?」
「『案内致しましょうか』だろ」
 その低音の声と共に、足音も気配も無くユーリの背後から背の高い影が顔を覗かせた。
――何時の間に!
 自分が向いている方向にも関わらずその影の存在に気がつけなかった事にデュシアンは激しく動揺して、 しばらく口を開けっぱなしにしてしまった。彼が気配を消す達人であるのか、 それとも自分がとんでもなく鈍感であるのか。前者に軍配を挙げようとしたその手を躊躇させたのは、 その影の存在を全く驚く事なく受け入れていたユーリの態度だった。 彼にとっては背後であったはずであるし、とんでもなく静かに近づかれたにも関わらず気づいていたようなのである。 子どものような風貌であっても彼は歴っきとした騎士(見習い)であり、普通に生きている自分とは少々感覚の度合いが違うのだと、 デュシアンはまざまざと思い知らされた。
「ユーリ。お前、他の奴等より行儀作法みっちり教え込まれてるはずなのに、全く実践で役立ててねぇな。 セイニー教官が泣くぞ」
 呆れたように腕を組む影――円卓騎士の姿を窺い見れば、精神魔法を使用したウェイリード公子を拘束したり、 リディスと一緒に北の守りへと入ってきた人物としてデュシアンの記憶に残っていた青年であった。
 重力に反して逆立てた髪型や吊り上った一重の黒目はどこか刺々しい印象を他人に与える。 それに加えて口調がぶっきらぼうで少し横柄な態度である事から、 近づき難い雰囲気もそこはかとなく持ち合わせていた。
「このままいけば行儀作法のせいで正式な騎士になれねぇぞ、お前」
「行儀悪いシーンに言われたくないし」
 せせら笑う青年に対して、ユーリは拗ねたように唇を尖らせて小さく毒づいた。するとすぐに彼の首に、 シーンという名であるらしいその円卓騎士の腕が回る。
「それが先輩に対する口の利き方か?」
「ぐえ」
 シーンの腕がそのまま締まると、蛙が潰れたような声がユーリから洩れた。
 懸命にシーンの腕を叩いてユーリは降参を示しているのだが、シーンはなかなか離そうとはしなかった。 彼のこめかみに浮かぶ青筋からして、かなり怒っているのかもしれない。 騎士の力で締め上げれば見習いたる従騎士のユーリは一溜まりもないのではないか―― 終わらない二人のやり取りにデュシアンは段々不安になってきた。
――どうしよう、ここはわたしが止めるべきなの……?
 ユーリが首を締められているのをはらはらとした面持ちで見ている内に、どんどん自分の方が苦しくなっていく。 デュシアンは外套の襟とスカーフを一緒に引っ張って、喉元に隙間を空けた。 ブラウアー子爵に首を締められた時の感覚を思い出して息苦しさと軽い吐き気を催したのだ。
「シーン、ラヴィン公の前で失礼だよ」
 そんな時、穏やかに窘める声が背後から聞こえた。声で誰であるか判別できたので、 デュシアンはほっと胸を撫で下ろして振りかえった。思った通りそこいたのは完全なる紳士グリフィス・クローファー。 彼の姿を認めて心の底から安堵する。
 しかしながらグリフィスはデュシアンの顔を見るやいなや、浮かべていた微笑をみるみる凍りつかせて眉間に皺を寄せると、 珍しいくらい怖い表情になった。
「シーン!」
 彼は厳しい口調で戒めるように名を叫んだ。
 するとシーンは舌打ちして、すぐにも腕の力を緩めた。 しかし解放されたユーリがわざとらしくけほけほと咳をしながら喉を押さえたものだから、
「てめーは大袈裟なんだよ」
「――ってぇ」
一発殴ってユーリを本当に静かにさせた。
「お見苦しいところをお見せして申しわけありませんでした。ご気分は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。少し思い出してしまっただけですのでご心配には及びません」
 こちらを覗き込んでくるグリフィスの心配りに感謝しながら、デュシアンは 軽く微笑んでみせた。そうすればグリフィスも安心したのか、穏やかな表情に戻って頷いてくれる。
 と、急に前に影が差す。デュシアンはふと影が落ちてきた方向へ顔を上げると、 ユーリの背後より離れたシーンの詮索するように見下ろされた冷たく野性的な黒い瞳と視線が交わった。
「そういやあん時、結局あんたは何も出来なかったんだよな」
 ≪あん時≫とはつまりはブラウアー子爵の暴走の時。デュシアンは何も言えずに視線を固定させたまま、息を飲んだ。
「シーン!」
 グリフィスが止めようとシーンの肩を取るが、すぐにもシーンは腕を振り上げてその手を強引に振り払った。
「あんたのせいで――」
「何を騒いでいる」
 抑揚が無く小さいが良く通る低音の声に、シーンは弾かれたかのように身体を一瞬震わせて言葉を止めた。
 ユーリの後ろから――つまりは建物内部から、彼等よりはやや年嵩の円卓騎士が現われたのだ。 眼鏡の奥の切れ長の目は獲物を狙う獣のように鋭く隙がなく、口元は厳しさを示すかのように閉じられ、 潔癖そうな純白の手袋で覆われた指先は気難しそうに顎を撫でている。 取っ付き難い厳しい雰囲気を醸し出す彼の登場に、シーンはばつが悪そうに肩を竦めた。
 彼の名はサレイン・ヴァルテール。ホルクス伯爵家の遠戚で、元正規騎士。 デュシアンは現われた彼と過去に数度ホルクス家邸宅で会った事があって顔見知りであった。 円卓騎士団に入団する前に伯爵の末娘アスティーヌの家庭教師をしていた話をアスティーヌから聞いていた。 利き腕である右手に癒えない傷を負って騎士を辞したらしいが詳しくは知らない。しかし昔から変わらず、いや昔以上に、 傍で呼吸一つ満足に出来ないような張り詰めた空気を纏う人であった。
「何をしているかと思えば、――またお前か、シーン」
 眩しい白い指先で銀色の眼鏡のフレームを上げる。その切れ長の眼から射殺すぐらいの眼力を込めた視線を投げかけられれば、 先程までの威勢はどこへやら、シーンは途端に静かに項垂れてしまっていた。
 彼を黙らせた視線がそのまま自分へと向き、デュシアンは呼吸困難になりそうだった。 同じ眼鏡の奥からの強烈な視線でも、ラシェの睨みは親族の情を感じる分、耐えられるのだが。
「ユーリ、ラヴィン公は我が詰所にご用事のようだ。粗相の無いようご案内しろ」
「は、はい。ラヴィン公、ご案内致します」
 ユーリは軽く敬礼をすると、デュシアンを視線で促し建物内へと消えた。


「……サレイン上官、いつからご覧になっておられたのですか?」
 二人が見えなくなってから、グリフィスは一段高くなっている内部の廊下に腕を組んで悠然と立っている分析官サレインを見上げた。 その視線はいつもの穏やかさなど微塵も見せず怒りを含み、強い敵意でもって詰問するような色合いが濃い。
「シーンが出てきたあたりだろうか」
 顎を上げ、冷たい眼差しで見下すようにサレインはグリフィスを見やる。するとグリフィスはくっきりと眉間に皺を寄せて、 込み上げてきた怒りを飲み込むように一旦呼吸を置いてから、
「……できればシーンをもっと早く止めて頂きたかったのですが。 ――上官の位置ならばラヴィン公の顔色もお分かりだったでしょうに」
強張った低い口調でそう進言した。
「ラヴィン公にとって、あの事件は心理的な外傷にはなっていないものの、意識にやや強く働きかける要因にはなっているようだ。 まあ、普通の人間らしい反応だな。思ったほど脆弱ではない、と言える」
 サレインはグリフィスの苛立ち交じりの怒りなど全く相手にせずに受け流し、 呆れたと言わんばかりに目を細めると、細い顎を指先で撫でた。
「この間ジェノとケヴィンに絞られたばかりだろう? いい加減、中途半端な信念は捨てろ」
「――しかし」
「くどい」
 グリフィスは何か言おうとして開いた唇の端を震わせながら、ゆっくりと一文字の形に押し戻すと、
「――失礼します」
らしくなく、乱暴に頭を下げた形だけの礼を一つ残して、足早に修練場のある建物の方角へと消えてしまった。
 同期で友で好敵手でもある男が珍しいまでに苛立ち、しかもそれを隠せず露わにするという様子に、 シーンは驚きと呆れを波のように繰り返し感じながら、複雑な胸中でサレインを見上げた。
「やっぱグリフィスに情報分析官を勧めるのは無理っスよ。ティアレル以上に向かない気がするんですけど」
「向いている」
 きっぱりと言い切る声は小さいくせに良く通り、有無を言わさない凄みがあった。
「グリフィスは分析官として求められる判断能力がある。心情が 邪魔をしているだけに過ぎない。分析官としてはあの場で≪観察≫するのが一番正しい行動である事を奴は理解している。 だからこそ私に食ってかかったのだ。自分には出来ない≪正しい行動≫を取れる私を嫉んで、な」
 そうだろうか。後頭部を掻きながら、シーンはその否定的な意見を飲み込んだ。 そんな事を言った日には文書整理やら観測文書のまとめなど、机にかじりつく仕事を言い付けられるからだ。 身体を動かす事は好きだが椅子に座る必要のある仕事を嫌う自分としてはそんな失言を易々と取るわけにはいかないのだ。
「でも、あいつの性格からして≪観察≫は出来ないと思うんスけど。女、子どもには優しい奴だから……」
「優しい事と仕事は別物だ」
「でもウェイに剣を向けられないような公私混同する奴ですよ?」
「そういうお前はどうだ? 友人たる男を躊躇無く殺す事が出来るか?」
「出来る……って言って欲しいんスか?」
 物凄く嫌そうに表情を歪めれば、サレインはあしらうように鼻で笑った。
「そんな情の欠片も無い人間は我が騎士団には要らぬ」
「……じゃあ何て答えればいいんだよ」
 正解が想像できず、辛うじて譲歩して使用していた≪謙譲語もどき≫すら忘れて不貞腐れたように呟く。
「騎士とは誰かを殺す為に剣を抜くわけではない。誰かを生かす為に剣を抜くのだ」
 一瞬サレインは自身の右手へと視線を落としたようにも思えた。眼鏡が光を反射して、 定かではなかったが。
「騎士の剣は他者を守る為に存在する。かつて、 崩壊する秩序から人間を守る為に闇の神フェイム=カースへと突き立てられたカーラの槍のように」
「多くの者を守る為には大切な者を失う犠牲も厭わない、ってやつっスか」
 騎士となる前に士官学校で身体と心に叩き込まれた教えの一つだった。
「『全てを救えると思うな。救える者を全力で、確実に救え』」
 だったかな、とシーンは曖昧さに顔を顰める。
「その建前こそがグリフィスの嫌う詭弁なのだ」
「は、はあ?」
「……その足りない頭を少しは使って考るといい」
 サレインは嫌味を残し、疑問に顔を歪めるシーンを放って隣りの建物の方へと消えてしまった。
「意味わかんねえ」
 大仰に手を広げて天を仰ぐ。
「つーか、グリフィスがあんな冷血漢を嫉むか?」
 穏やかで物静か、常に心配りを忘れず気の利くさりげない言動が出来る騎士の中の騎士とも言える男が、だ。 グリフィスが嫉まれる事はあっても、彼自身が誰かを嫉む姿など想像もつかない。 ましてや仕事の為ならばどんな非道な行いでもし兼ねないようなあの悪の分析官サレイン・ヴァルテールを嫉むなど。
 だいたいグリフィスの優しさは美徳であり利点でもある。案外適当なダリル将軍や不精者のケヴィン副官、 矜持が高く貴族としての姿勢を崩さないジェノライト上官、悪の冷血漢サレイン分析官などなど、 上司陣は良い意味でも悪い意味でもアクが強い。そんな内部事情があるのにも関わらず騎士団が良い印象を維持できているのは、 真面目で温厚、見た目も人受けが良い、紳士的なグリフィスが広告塔的存在でいるからだ。
 それに、微笑みながら裏で冷酷な計算を行う友をあまり見たいとは思わない。 そんな存在はティアレルだけで十分だとシーンはため息が洩れる。
――あったま痛ぇ
 細く吊り上った眉を掻いて、堅い会話で凝り固まった肩をぐるぐる回して馴らすと、 シーンはその足を修練場のある建物の方向へと向けた。好敵手の鬱憤晴らしに付き合う為に。



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「シーンは言葉使いも性格もガラも悪いので、気になさらない方がいい――、良いですよ」
 慣れない敬語に口元を歪ませ、言葉を濁らせながらユーリは懸命にこちらを励ましてくれているようだった。
 その気持ちをデュシアンは素直に嬉しく感じていた。円卓騎士は苦手であったが、それは無駄な虚勢から。 取り繕っても遅い今更、わざわざ捻じ曲げて受け取る必要もなかった。
「無理せず普段通りの喋り方でどうぞ。年齢も殆ど変わらないと思いますし」
 こちらも気楽に喋りたい、という意思がある。暗にそう伝えれば、ユーリは不思議そうに首を捻ってから、 気が抜けたように肩を竦めてみせた。
「……ラヴィン公って庶民的ですよね。気さくっていうか、なんていうか。シーンが無礼なのはいつも通りだけど、 ラヴィン公が言い易い雰囲気を持っているってのもあるかも」
「もともと庶民、ですし」
「いや貴族だし」
「肩書きだけです」
「やっぱりそーですよね」
 言葉の応酬の雰囲気からして否定する切り返しを見越していたデュシアンは、 ユーリの肯定に肩透かしを食らって苦笑せざるを得なかった。庶民の枠組みに収められるのはもちろん嫌な事ではないが。
「アデル公も気さくな方だったけど、気品と優雅な物腰でどことなく高貴な方って雰囲気が滲みでてたけど――」
 そこで饒舌が止まった。歩きながら横目で静かに見つめ合い、しばらくしてからどちらともなく力なく笑い出した。
 滲み出る気品、さりげない言動の中に光る優雅さ。それらは公女である時から諦めていた資質であった。 やはりいくら隠そうとしても森や野原を駆けまわったり、川遊びの最中に素手で魚を掴んだり、 ヤギのお乳を絞っていたりと、村娘として育んできた性質は変える事は出来ないらしい。デュシアンはため息と共に、 思いを吐露した。
「十歳まで辺境の村に暮らしていたので、都会――貴族暮らしは今でも慣れません」
「え? カーリアに来たのって十四歳じゃなかったけ? 十歳?」
「え」
 何故そんな事を知っているのだろう? 騎士の仕事? それとも自分が引き取られた時期なども有名なのであろうか。
 色々考えていたものが顔に出てしまったのだろう、 こちらを窺い見たユーリがいきなり立ち止まって慌てた様子で頭を何度も下げてきた。
「あー、うわー、すいません。俺よく言われるんです、お前は無神経だ、て」
「あ、いいえ、大丈夫です。大した事じゃ、ないので……。 その間は、――えと、ララドの商人のお屋敷で下働きをしていました」
 顔を上げたユーリは驚きに目をまん丸く見開いて、それから軽く背を反らして「おお」と感激ともとれる不思議な声をあげた。
「なんか激動の人生ですね。 村娘に下働き、貴族のお姫様。果ては公爵」
「あははは」
 言われてみれば確かにすごい変遷であった。激動かどうかは別として、珍しい人生である事には変わり無く、 デュシアンは照れ笑いを浮かべた。
「ララドってすんごい寒いから、使用人するの大変じゃなかったですか? あっちは使用人の待遇も悪いし」
「そう、ですね……」
 デュシアンは外套の中の手をぎゅっと握り締めて、出来得る限りの微笑みを取り繕った。
「でも、庶民の俺としては貴族の中にラヴィン公みたいな人がいるのって、嬉しいかも」
「え?」
 笑みを作るのを止め、顔を上げる。
「一緒の目線って感じがして」
「……一緒の、目線?」
「同僚や上司にも上流貴族はいるし良い人ばかりでも、――どっか違うんです。生まれに対する僻み、なのかな。 上手く言えないけど、なんとなく。でもラヴィン公はすごく身近に感じる。それって結構嬉しいかも」
 真っ直ぐな孔雀石の瞳に見つめられて、そのこそばゆさに口元が笑みに震えた。
「そう言ってもらえると、嬉しいかも」
 口調を真似て微笑めば、ユーリはお日様のような暖かさを感じさせる明るい笑顔を見せてくれた。
 そんな眩しい笑顔を見せられて、デュシアンはふと弟の事を思い出した。久しくこんな笑顔を見ていない。 反抗期だからと括って諦めていた節もあるが、そろそろきちんと話をしなければならないだろう。
――こんなふうに、他愛もなくレセンと話せるような関係に戻れたら良いのだけど
 ユーリを弟に重ねて、デュシアンは会話を楽しみながら歩いた。


(2005.11.16)

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