墓と薔薇

5章 流転する運命(10)

 ダランベール伯爵に会わなければ。
 目覚めて一番にそう思い、デュシアンは寝台から起き上がった。
 重い足取りで鏡台の前に座れば、少し痩せた自分の疲れた表情が映り込む。夜着から覗く首元はやはり赤黒くなっており、 指を這わせてみるとちょうどぴったりその痣に指が重なった。明らかに自分で首を締めたような痕となっている。
 ティアレルにおしろいを塗ってもらわなければ母と弟の質問攻めにあっていただろう。 そうでなくても婚約の事で昨日帰ってきてからたっぷりと質問を浴びせられたのだから。 それにラヴィン家を大切に思っている執事イリヤまで加わって、三人で『詳細を話せ』と大合唱だった。 婚約の事については後日詳しく話すと言って、三人を引き剥がすまでにどれだけ時間がかかったことか。
――頭の整理ができてないのに、どう話していいかなんてわかんないよ……
 もちろん金印を盗まれて押されてしまった、とはいくら家族だとしても安易に伝えるわけにはいかない。 これからどうなるのか全くわからないのだから。
 デュシアンは小さく吐息をつくと、指を離して鏡台に置いてある箱へと手を伸ばした。 顔を洗う為の湯を持ってきて貰う前にこの痣を隠す必要がある。使用人の口から母の耳へ入る事を懸念しているのだ。
――公表すべきか、公表すべきではないか
 昨日のダリル将軍との会話を思い出す。金印を盗まれた事を公表することは、婚約届の是非も関わってくる。 慎重に考えなければならない。
――わざわざ金印を盗んだ事を公表しなくても、子爵は《北の守り》とは縁が切れる
 金印と文書を盗まれた事を公表しようと思った理由は、子爵が《北の守り》の研究者であるからだ。 だが今回だけの件で、つまりは【魅了】にかかっていたという件だけで、子爵はその任から解かれる事になるのは必定だ。 金印も文書も盗まれていた事を公表する必要は必ずしも無いのだ。
 だから今考えなければならないのは、公表する事で生じてくる婚約文書の問題だった。
――公表しなければ、ヘスターとの婚約届をどう処理すればいんだろう?
 ダランベール家の方から書類が誤りであったと神殿に伝えて貰うのが一番だとは思う。 けれどもあの小父がそう易々と言う事を聞いてくれるとはとても思えない。 第一そんな物分りの良い人であったのならこのような大胆な事をするはずがない。
――公表したら、ダランベール家を守る為に、婚約文書の印は盗まれる前に押されたものである事を、 わたし自身が証言しなければならなくなる
 父が勝手に押したものだから自分は知らない、と言って言い逃れをしようかとも一瞬思ったが、 それはあまりに体裁が悪かった。それに父はそのような自分勝手な人間ではない。 また自分の失態も原因の一つであるこの事態を父になすりつけてしまいたくなかった。
――それに公表したら退任要求が強まるかもしれない。そうしたら、 わたしの婚約者であるヘスターがラヴィン公爵となってしまう可能性が高い
 退任要求が無ければレセンが成人するまで結婚を拒み続ければいい話なのであるが、 視察で倒れ、北の守りに前代未聞の亀裂を入れられてしまい、文書や金印まで盗まれた不甲斐ない公爵に、退任要求が強まらないはずがない。 もちろん今退任すれば後任は自分の婚約者であり、分家の人間でもあるヘスターが有力となる。
 そのヘスターが公爵となれば二度とラヴィン家直系へと爵位が戻ってくることはないだろう。 ヘスター自身はどうであるか分からないが、その父であるダランベール伯爵はかなりの野心家だ。 息子にとはいえ一度手に入れた栄光をそう簡単に手放すような人間ではない。
――じゃあ、証言せずに、印が盗まれている間にダランベール家が勝手にした事だと突っぱねるべきなの?
 それはできない、とすぐにも首を振って自分の思考を否定した。
――分家の不始末は本家の不始末だ。本家の乗っ取りを企てた分家だけでなく、ラヴィン家も笑いものにされる
 逃げ道は無いように思えた。
――退任するならラシェに譲りたい。でも、そうするにはどうすればいいんだろう……
 従兄には悪いとは思う。けれどもレセンやラヴィン家の為だ、彼に当主になって貰うしかない。 しかし家名にこれ以上傷がつかないようラシェへと家督を譲る道は途絶えているように思えた。 それでもラシェならば誰一人文句も言えないだろうな、との期待もあった。 しかしそれにはまずダランベール伯爵に婚約文書の破棄してもらわなければ話は進まない。
――とにかく、ダランベール伯爵と話しをしてから考えよう
 デュシアンはいつのまにか握り締めていた箱の蓋を開けて、 慣れない手つきで凝乳状のおしろいを喉へと塗り付けていった。


 ダランベール家の敷地を跨いだのは昼過ぎ。無駄に広く、豪華に飾り立てられた客間に通され一人待たされる。 主が客を待たせる時は、夫人でも出てきてもてなすのが通例なのだろうが、生憎とダランベール伯爵夫人は十数年前に亡くなっていた。 その代わり、愛人と呼べる女性は何人も居て、別屋敷に囲っているとかいないとか風の噂で聞いていた。
――落ちつかない部屋
 金色が好きなのか、調度品は金づくしだ。財産持ちである事をひけらかしているようで、 好感が持てないなとデュシアンは心の中で感想を述べた。
 ダランベール伯爵家はとても金持ちだ。 カーリア建国以前から持つ領地を国に完全に併合してない為に、 その領地の徴税で荒稼ぎをしているので財は本家たるラヴィン家よりもたっぷりと蓄えているのだという。 確かにラヴィン家の有に二倍はありそうな程広い屋敷ではあるし、 玄関や廊下に並べられた豊かな調度品の数々に目を留めればあまりの豪華さに呆れて目が眩む。
 同じ財産持ちであるアイゼン家のレムテストにあった迎賓館も確かに素晴らしい調度品ばかりであったが、 イスラフル様式の部屋以外は実に控え目で品が良かった。ここまで金色で埋め尽すと下品もいいところだ、とデュシアンは思う。
――これだけ財を持っているのに、それ程までにしてラヴィン家当主の座が欲しいんだ
 ダランベール家は分家の中でも唯一独自の爵位を持つ家である。それなのにラヴィン公爵の地位を欲しがるその飽くなき権力欲は、 デュシアンには到底理解できるものではなかった。
「待たせたな」
 待たせた事を微塵も悪いと思っていない表情で小父は客間へと入って来ると、 堂々とした足取りでデュシアンの正面に座した。それに対しデュシアンは席を立たずに背筋を伸ばして迎える。 立ち上がらないのは自分の方が立場が上なのだ、と示す為だ。
 がっちりとした体躯のダランベール伯爵は、父アデルより数歳年上であるが色事が未だに盛んの気を許せない男である。 やや白髪が混じった金髪を小奇麗に後ろに流し、 きっちりと巻かれたクラヴァットと礼服を着こなすその姿は年の疲れを感じさせない魅力を持つ。しかし、 にやっと左端だけ上がるその口元がデュシアンはどうしても好きになれなかった。 去年の小父の誕生パーティーに出席した際に胸元の開いたドレスを着ていった時の小父の目が、 舐めるように自分の身体を見まわしていたのをよく憶えていた。品定めするような男の目線で見られているのを感じ、 あの時から小父に対して酷い嫌悪感が自分を襲うようになったのだ。
 ダランベール伯爵に『話とは何だ』と切り出され、デュシアンは過去を遡るのを止めた。
「端的に言います。わたしは婚約の文書に印を押した覚えはありません。 そして父はわたしに婚約を強いるような方ではありませんでした」
「それがどうしたと言うのだ?」
 なんて事はない、と伯爵は鼻を鳴らす。
「昨日、ブラウアー子爵は円卓騎士団によって拘留されました」
 こちらの言葉に伯爵の眉間に軽く皺が寄せられるのがわかる。
「罪状は今のところ、【精神魔法】による精神異常で《北の守り》を崩壊させようとした事。 けれどもわたしが証言すれば他にも増えますが、子爵はあくまで正気を失っている時の行動だそうです」
「それで、一体お前は何が言いたいのだ?」
 足を組み、見下すような不遜な態度で小父は聞いてくる。機嫌を損ねているような小父のその様子に、 以前の自分であったら身を竦めてしどろもどろになってしまい、上手く答える事ができなかっただろう。
 しかしここで言い負けては小父の言いなりになってしまう、と膝の上で震える手をぎゅっと握り締めた。
「小父様、貴方は違います」
 声が僅かに震えた。けれども糾弾する気持ちを篭めて言葉を口にする。
「婚約届けは誤って提出されたものだと神殿に届け出てください。それで不問に致します」
「不問、か。いい気なものだな」
 伯爵は顔を背けて低く笑い、きっちり巻かれていたクラヴァットを強引に弛めた。その仕草にデュシアンは一瞬身体を震わせる。
「ラヴィン家の血が本当に流れているのかなど分かりもしないお前を拾ってきたアデルは愚か者だった。 お前を引き取りはしても認知せずにいれば何ら問題はなかったのだ。それが、あやつは認知しおった。そのせいで、 どれだけの中傷をラヴィン家一族が受けたと思っているのだ?」
 こちらを恨むように睨み付けてくる小父からデュシアンは視線を反らした。
 そのような事、誰に言われなくても分かっていた。父の名を傷つけた事を知って以来、自分の存在への憎悪を忘れたことはない。
 過去を噛み締めるように唇をきつく噛むデュシアンに、ダランベール伯爵はあしらうような一瞥をくれた。
「お前のような卑しい血を持つ娘にカーラ神教の象徴たるラヴィン家を任せるわけにはいかぬのだ。 大人しくヘスターと結婚し、爵位を渡せ。お前では務まるはずもない」
 卑しい血。それは実母への侮辱だった。母は確かに父を愛していたし、デュシアンはその人との間にできた最高の宝物である、 と母はいつも微笑んでいた。
 その母の愛を自分は疑ったことはない。そして、その母の血を、卑しいなどと思ったことなどない。
――撤回して
 小父へそう言いたい気持ちの飲み込んだ。母への侮蔑の言葉を撤回させたかった。しかしそれでは話が反れてしまう。 小父の思う壺だ。公爵に相応しくない感情のまま動く自分を小父は待っているのだから。
 小さく息を吐いて、デュシアンは心を静めた。そして挑むような視線を小父へと戻した。
「わたしは退くならば後任はラシェに、と決めてます。彼は直系たるレセンが成人すれば爵位を返すと約束してくれました」
「ラシェだと? 奴を信用しているのか?」
 小父は心底可笑しいとせせら笑った。
「あれはお前の産みの母を死ぬほど憎んでいるというのに」
「……え?」
「なんだ、知らんのか。ラシェはな、セオリアを苦しめたお前の実母ラトアンゼを憎んでいた。 そしてその娘たるお前の事だとて、相当憎んでいるはずだ」
 信じられない言葉に、デュシアンは目を見開いた。
――ラシェが、わたしを、憎んでる……?
 嫌われているとは思うこそすれ、憎まれているなど一度とて思ったことはなかった。切れ長の目はとても冷たい輝きを持っていたが、 それでも彼は叱責する時でさえこちらの様子を見ながら言葉を選んでくれるような人だ。厳しい言葉も自分の事を思ってくれてこそ、 と思っていた。 決して彼は自分を突き放しはしない、という信頼を置いていた。
「あれは冷酷な男だ。アデルが死んで悲しむセオリアを慰め、本懐を遂げ様としているのだからな」
「本懐?」
「ラシェが望むのはセオリアだ。あやつはずっとセオリアへ懸想している。 だからラトアンゼを探すアデルを傍で見守りながら苦しんでいたセオリアを見て、あやつはお前たち母子をひどく憎んでいたのだ。 そして妻としながらもセオリアを蔑ろにしたアデルをも憎んでいた」
「そんな……」
 手を震わせて口元を押さえるデュシアンを見て、 小父は楽しげに表情を歪めながらまるで呪いの言葉を吐くように軽く身を乗り出して続けた。
「あやつはラヴィン家を憎んでいる。尤も憎むべきはアデルとラトアンゼ、そしてその娘であるお前をも憎んでいるのだ。 ラシェが当主となれば、お前はもちろん、アデルの血を引くレセンとてどうなることかわかったものではない」
 デュシアンは受け入れがたい事実を拒否するように、青ざめた顔で力無く首を振りつづけた。
「だがヘスターが当主となれば、お前は当然ヘスターが可愛がってくれるだろう。レセンも弟のように思っておる。 蔑ろにはしないはずだ。それにお前が大切に思っているセオリアは、私が面倒を見よう」
 最後の言葉にデュシアンは弾かれたように顔を上げた。小父の欲望渦巻く男の瞳と視線が交わり、ぞくり、と身体が震える。
「我がダランベール家は夫人と呼べる女はいない。それは客人に対しても無礼であるしな。 公爵夫人であったセオリアは申し分のない女だ」
「セオリア様は、誰とも結婚なさいません」
 膝の上に組んだ自分の拳がふるふると震えるが、それは緊張の為ではない。怒りの為だ。
「セオリア様が望まない限り、わたしは誰もセオリア様には近づかせない」
 自分で押さえきれない怒りが湧き上がり、睨む瞳に力が入る。今、自分は小父への憎悪を隠さずに表情に表しているだろうが、 そんな事を気にする余裕もない。
 喉まで上がってくる小父を罵倒する言葉をなんとか押し留めて、デュシアンは極めて低く小さな声で、 それでも小父を許す為の最後の質問をした。
「もう一度問います、小父様。わたしとヘスターとの婚約届を破棄する気はおありですか?」
「くどい。お前は爵位を退くのだ、ラヴィン家の為にな」
 もうそれ以上聞く事はなかった。立ち上がってふと小父を見下ろせば、小父は勝ち誇ったような笑みを浮かべてこちらを見上げている。
「馬鹿な事を考えるなよ。お前がラヴィン家を潰せば、死人のアデルが笑われるのだからな」
 耳に障る笑い声を扉で防ぎながら、デュシアンは蹴るような勢いでダランベール伯爵邸を後にした。 本当ならヘスターにも会って話をするつもりであったが、もうそのような余裕はなかった。

 まるで切りつけてくるような冷たい風が、頬を横ぎって行く。 首に巻きつく柔らかなファーに口元まですっぽりと埋ずめながら、瞳の端に溜まる涙を零さぬように瞼を瞬かせ、 ふらふらと覚束ない足取りでデュシアンは帰路についていた。
 小父の狡猾さへの怒りと秘められたラシェの感情への混乱も、外気の冷たい風に晒される事で少しだけ収まりつつあった。 それよりも、小父の言葉を反芻しているうちに重要なことに気づいてしまったのだ。小父のもたらした言葉は長い間忘れていた、 いや、忘れようとしていた疑問を掘り起こすものであった。
――父様は、お母さんを探していた
 何の為に?
 デュシアンは不思議とそんな疑問を持った。そして急激に心の中が冷めていくように感じた。
 デュシアンは父と実母との間になにがあったのか一切知らない。母が父を愛していたのは知っていたが、 母は父を『二度と会う事の叶わない人』と称していたし、 父に至っては自分に母の事を尋ねてくる事などなかった。それどころか、 自分たちが一体どこでどうやって暮らしていたのかを尋ねてくる事すらなかった。
 だからデュシアンは、父は母に対して特別な思い入れなど無いと思っていたのだ。 自分の存在は誰も彼もが噂するような、父の≪一夜の過ち≫だと信じていたのだから。 そして母と父との間にあったものを≪愛≫だとは認識してはいなかった。その事は、 随分昔に諦めがついていた事だった。
 そう、自分が≪両親の愛≫があったからこそ生まれた存在ではないと、諦めていたのだ。 ただ父は自分という娘がいることを知って探し出して引き取ってくれただけ。哀れな娘を慈しんでくれたのだ、と。 父の過剰な愛情も、申し訳無さと自分を不憫に思ってのものだ、と。
――でも、待って……
 デュシアンはふとある記憶を思い出した。極幼い頃の記憶ではあるが、母はまるで何かから逃げるようにして短い間隔で住処を変えていた。 選ぶのはいつもどこか寂れた村で、けれど母は医師であったからすぐに村人に受け入れられていた。 最終的に住む事になった場所はデュシアンが五歳の時に移り住んだ不思議な村だった。 妖精が住まうと言われていた神秘的な森の近くにある、地図にも載らない小さな村だ。
 もしかすれば、母が幾度と無く住処を変え続けていたのは父から逃れるためだったのではないのか……、 デュシアンの心音が早まった。
 だいたい父が自分を見つけられた事に関しても疑問は残る。首都よりもずっと北にある、 都市国家ララド領の豪商の屋敷に居た時に父に探し出された。探そうとしなければ到底見付けられないような場所だ。
 そうやって、こちらを見つけ出してくれたように、 実は父は母の事も探していたのかもしれないとの推測がたった。
 けれども、違う、とすぐにも否定した。
 母が何の為に父様から逃げる必要があるというのか。 まさか一夜の過ちで出来た娘をどうにかされるとでも思ったのだろうか?
――父様はそんな方じゃない事をお母さんは知っていたはずだもの。そうでなかったら、 お母さんは父様を愛しているなんて口にしない。あんな笑顔でそんな事を言ったりなんかしない!
「じゃあ、どうして……」
 言葉が零れ落ち、上げた視線の空へと白い息が昇っていくさまを見つめる。
――父様は、母様を探し出してどうするつもりだったんだろう?
 男としての責任を取るつもりだった?
 それとも……?
――まさか、ありえない。
 一瞬浮かんだ考えを振り払う。父と継母との仲睦まじい姿を見れば、とてもそのような事があるはずもない。
 しかし無情にもダランベール伯爵の言葉が脳裏に響く。

『アデルはセオリアを蔑ろにしていた』

   忌々しい小父の言葉が虚実である事を信じたくて、デュシアンは激しく首を振った。
――わたしには父様がわからない
 セオリア様を蔑ろにしていた事が事実ならば、デュシアンは父への怒りを止めることはできないだろう。
 しかし。
―――どうしよう、ごめんなさい……
 父が母を探していた事が真実であるならば、そしてその理由が母と自分を求めてのものであるならばと想像すると、 自分の奥底には言い様に無い嬉しさがこみ上げてくる。
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
 胸元のアミュレットを外套越しにぎゅっと握り締める。アミュレットは父から貰ったもの。 父にすがる思いで握り締めてしまうのがデュシアンの癖だった。だがこの癖はアミュレットを父から譲り受ける前からあったものだった。 アミュレットより以前から自分の胸元に下がっていたものを掴む癖が……。
――わたし、セオリア様に愛してもらう資格なんてない……
 父に譲渡したあの匂い袋。
 そして父と母との間に秘めたる思いがあるかもしれない可能性を嬉しく思う気持ち。
 その二つが、相反する感情をデュシアンの心の中で渦巻かせ、身を切り裂くような気持ちにさせていた。
――嬉しい、でも、嫌だ……嫌だ
 ぽしゃりという水音に、急速に意識を現実へと引き戻された。顔を上げれば自宅の門前。 ラヴィン家はその格式から想像するほど資産持ちではない。 ダランベール家に比べたら半分もないであろう前庭には継母と共に泥まみれになりながら作り上げた花壇や小さな菜園がある。
 試行錯誤しながら白い手を汚して自分に付き合って土いじりをする継母の姿が鮮明に記憶に残っている。 最初は土から飛び出したミミズに悲鳴を上げて逃げ出していた人であったが、最近では寧ろ積極的に捕まえて喜んでいるぐらいだ。 もう少し暖かくなればまたそんな継母の姿を見る事が出来るだろう。
 一緒に花の種を植えたり害虫を駆除したり。ケーキを焼いたり買い物に行ったり。
――わたしはセオリア母さまが好き。誰よりも大切
 頭の中はぐちゃぐちゃだった。ただただ自分を批難する声で溢れている。
 けれども、どうしようもないのだ。
――父様も、お母さんも、セオリア母様も、みんな好きだから……
 軽く鼻をすすり、雨の残骸から長靴を持ち上げて、デュシアンは門をくぐった。
 あまり雨の多くない首都付近には珍しく、今日の未明まで降った小雨は玄関までの整地された石畳の道の隅に小さな水溜りを残す。
「今年は、雨が多かったなぁ」
 自分の抱える大き過ぎる問題と複雑な感情を忘れたかのようにあと一月弱で終わる今年を振りかえりながら心無くデュシアンは呟いた。


「ただいま」
 屋敷の玄関を開けて力なく呟くき、顔を上げるとエントランスをうろちょろと忙しなく歩き回っている継母と視線が交差した。 外気が入り込んだせいでやや薄着だった継母は軽く身震いしてからデュシアンの前まで走り寄り、そしてがっちりと、 細い腕にそぐわないぐらいの力で腕を掴んできた。
「デュシアン、私良い案を思いついたの」
 継母の血色の悪さに心労をかけていることがありありと感じられ、デュシアンは軽く唇を噛んでから応えた。
「何の話ですか?」
「サイモン様……ダランベール伯爵のことよ」
 継母の口からその男の名が出て、外気よりもずっと冷たいものが自分の背筋を撫でまわしたかのような嫌な気分になった。 しかし継母はそんなデュシアンの様子に気づかずに続けた。
「私に任せてちょうだい。貴方に意にそぐわない結婚なんてさせてたまるものですか! 伯爵とは旧知の仲です。 きっと私の話を聞いて下さるに違いないわ。伯爵のことは私に――」
「母様!」
 継母の掴む腕を振り払い、デュシアンはふつふつと沸き上がる激しい憤りを押し留めながら言葉を遮った。 彼女の言いたい事、しようとしている事が想像できたからだ。
「伯爵の事……婚約の事はわたしが自分で決着をつけます。母様は黙ってみていて下さい」
「何を言ってるの!」
 しかし継母もそうやすやすと人の意見を聞くような女性ではない。 負けじともう一度身を寄せてデュシアンの肩を取り、顔を近づけた。
「あの人はそう簡単に人の話を聞くような人ではないわ。欲しいものを手にいれる為なら何でもする。あの人の事は――」
「母様!」
 デュシアンは叱責の声と共に継母の掴む手を振り払った。すると継母は驚いたような、傷ついたような表情で押し黙る。 青玉の瞳が潤んでいくのを直視できなくて、デュシアンは視線を外した。
「……デュシアン」
「この話はもともとわたし自身の不手際から始まったことです。自分で後始末をつけます。口出し無用に願います」
 デュシアンはファーと外套を外しながらそう応えた。
「……デュシアン」
 視界の隅に継母がスカートの裾をぎゅっときつく握る姿が入る。けれども、もう何も言う気にはなれなかった。 ただただ自分の不甲斐なさだけが喉を詰まらせた。
「お嬢様、ラシェ様がお待ちになられてます」
 二人のやり取りを離れて見ていたイリヤは、頃合いを見計らってデュシアンからファーと外套を受け取ってそう告げた。
「そう」
「デュシアン、貴方に不幸せな結婚をさせたくないの」
 客間へと行こうとするデュシアンの背に懇願するような母の言葉が届く。
「……それは、わたしも同じです」
「え?」
「……大丈夫ですから。絶対に」
 何か良い案が浮かんだわけではない。
 しかし、この大切な継母だけは絶対に渡さない。そう心に誓ってデュシアンは二階への階段を上がっていった。


 デュシアンは継母を振り切ると階段を昇り、客間をノックしてから扉を開けた。 すると足を組んでソファに座っている機嫌の悪そうなラシェとしっかりと目が合う。 その眼光鋭い眼差しに軽く身が竦んだ。
 後ろ手に扉を閉めながらその扉に背を預け、部屋中央に構える従兄と距離をとる。 どうしてか今は彼の前へと座る気持ちにはなれなかった。 聞きたくない現実からすぐにも逃げ出せるように出口付近に居たいのかもしれない。
「婚約の話をしに来たのなら、もう少し待って欲しいの」
 ラシェとの距離を詰めないまま、デュシアンの方から話を切り出した。彼が自分を待つ理由は聞かなくてもわかっていた。 しかしどうするか決まっていない以上、ラシェにだとて話せないから先手を取ったのだ。
「待つ?」
 不満そうにラシェの目許が歪むのを見て焦る自分を落ち付かせるように胸元に手を当てた。 昨日引き千切られたアミュレットの鎖は替えの鎖を代用させた。だから今日もアミュレットは変わらずデュシアンの胸元に輝いていた。 それを軽く握る。
 ラシェには小父とはまた少し違った威圧感がある。それに負けないように視線は反らさず頷いた。
「うん。今は何も答えられない。ただ、もしかしたら最悪な状態でラシェに公爵になってもらうかもしれないけど――」
「それは構わない」
 当たり前だ、と言いた気に顎を軽くあげる。けれどもデュシアンの脳裏には先ほどの小父の言葉が甦って不安が渦巻いた。

『あやつはラヴィン家を憎んでいる。尤も憎むべきはアデルとラトアンゼ、そしてその娘であるお前をも憎んでいるのだ。 ラシェが当主となれば、お前はもちろん、アデルの血を引くレセンとてどうなることかわかったものではない』

 もしもラシェが公爵となった時、レセンが疎まれたら?
 そして彼が心を寄せると小父が言ったセオリア様に、彼がもしも何かしらの行動を起こしたりしたら……?
 その時自分には何ができるだろうか……。
 力だって頭脳だってこの優秀な従兄にどうにかすれば勝てると思える程、デュシアンは自分の力を過信するような部分は無い。
――契約書を作って、レセンへ家督を譲る事を約束させるのは……?
  作って捺印させ、神殿にでも提出してもらう……。 さすがに契約書に『セオリア様に手を出さない事』まで盛り込む訳にはいかないが、 レセンが公爵となると保証される限りは母に関しても大丈夫だろう、とも考えた。
「以前も言ったが」
 不意のラシェの声に、デュシアンは思考に揺れていた視線を彼へと戻した。
「もし俺が公爵となったとしても、三人とも今の暮らしのまま変わらぬ生活を送れることを保証する。 叔母上には煩い蝿どもは近づかせない。レセンが成人すれば爵位を譲る。それから―――」
 何かを思い起こすようにデュシアンをじっとしばらく見つめてから続けた。
「お前の事も政治の道具扱いしないから安心しろ」
「政治の道具?」
 今まで考えていたことを忘れて軽く首を傾げた。 するとそんなデュシアンの仕草を待っていたかのようにラシェは盛大なため息を吐いた。
「政略結婚だ。お前は知らないだろうがな、叔父上は大変な思いをしてお前の見合いや結婚話を断り続けていたんだぞ?」
「ええ?」
 背を預けていた扉から身体を浮かせてラシェを食い入るように見つめ返した。
「ラヴィン家との繋がりを欲しがるのは何も国内の人間だけではないしな。 あのホルクス家の末娘だとてエルムドア帝国の皇帝の弟の妃になったぐらいだ。 お前だって本当ならどこぞの国の王の妻にでも所望されるような地位なんだぞ。もちろんこの国の王子の妃にだってな」
「ええ?」
 今度は反対に飛びのいて背を扉に思いきりぶつけてしまった。
 もちろん王子の妃になるなど考えたこともない事だった。将来は国王となる彼の横に並び、 国の象徴的な存在になるなど全くもって本望ではない。貴族の一員として表舞台に立つ事が苦痛でしかない自分にとって、 王子の妃になるなど死を宣告されたも同然だ。 デュシアンはぶつけた背を擦りながら心の中でしばらく驚きと嘆きを繰り返した。
 しかしながらいつかは家の為にどこかの家へと嫁ぐ事になるのは覚悟していた事だった。 ホルクス家の末娘アスティーヌとは彼女の好意で特に懇意にして貰っていたが、彼女がエルムドアの皇帝弟に嫁いでいった二年前に、 いつか自分も彼女のように家の為に望まぬ婚姻を結ばねばならない事は感じ取っていた。それが貴族の娘としての仕事なのだと。
 けれどもまさか自分がそこまでの大物を相手にする程の価値があるとは思ってもみなかった事であり、 デュシアンの頭の中は混乱するばかりだった。
「エルムドアの属国のどの公国だったか、なかなか諦めずに粘ってた所があったな。あれには叔父上も頭を悩ませていた。 見合いぐらいさせろ、としつこかったぞ」
 十九歳になるのに見合い話の一つも持ち出されない自分に疑問は確かに持っていた。 けれども生まれが定かではないから体面上誰も欲しがらないのだとデュシアンは勝手に結論付けていて深く考えもしなかった。 父の苦労など全く知らなかった事実だ。
「今までのうのうとのんびりした生活できたのは全部叔父上、アデル公が突っぱねていたおかげなのだからな。 お前自身が公爵となった今は、みな、お前の出方を息を潜めて伺っている。 お前が公爵をずっと続けて行くならばラヴィン家へ婿に入る為の用意を、レセンへと家督を譲るならば嫁に貰う算段を。 そのどちらになるのかを見極める為にお前は注目されているんだぞ」
「そ、そうだったの?」
 全然知らなかった、とデュシアンは呟いた。
 ラシェは長い前髪に手を差し入れて少し考え込むような仕草をしてから顔を上げた。
「叔父上はお前が望まぬ結婚をさせるつもりは毛頭ないと言っておられた。それは俺も同じ気持ちだ。 だからお前がヘスターを好きではなく仕方なしに決まったものであるというのであるならば、俺はヘスターを不能にしてきてやる」
「え?」
 不穏な言葉にデュシアンは目を見開いた。視界に映る従兄は少し困ったような表情を浮かべて苦笑していた。 それが彼の照れである事に気づくまでにしばらく時間を要した。 何故なら彼は≪照れる≫というような行為など一切見せた事がなかったからだ。
 急に胸の奥がきゅっと掴まれるような切ない感覚が去来して、デュシアンは自分がそんなラシェを見て喜んでいるのだ、 と他人事のように思った。
「だから、俺の力が必要だと思ったら何時如何なる時でも構わない、きちんと言うんだ。いいな?」
 デュシアンはそんな従兄をただただ呆然と見つめながら力無く頷く事しか出来なかった。
――ラシェはわたしを憎んでる……
 小父の嘲笑う表情と共にその言葉が思い起こされる。
 確かにデュシアンの知っているラシェは揚げ足取りであるし、知識不足のこちらを鼻であしらってくるし、 いろいろな事に細かくてよく小言を言う。そのわりには結構気分屋で、 機嫌の悪い時に出会うと最悪だ。大抵は誰にでもそのように接するが為に彼を『氷のように冷たい人間だ』と称する人もなかにはいるが、 けれどもデュシアンは彼にそう扱われても、そのように思ったことはなかった。彼は冷たいのではなく、 『自分にも他人にも厳しい』だけだと知っているからだ。
 この従兄は本当に困っている時は必ず手を差し伸べてくれる頼りになる人だとデュシアンはずっと思っていた。
 出会って五年、傍で見てきて感じてきた従兄の姿を思い出し、小さく息を吐き出した。
――わたしは、ラシェの言葉を信じる
 小父の誰をも嘲るような言葉と、従兄のこちらを気遣う言葉。奸計なのか真実なのかわからない小父の話も確かに気にはなるが、 今自分が感じた従兄の自分対する気遣いと思いを信じ、応えたいとデュシアンは小さく頷いた。 そうすると、自分の思考が全て自分と連続しているという感覚が戻ってきた。 小父の言葉を聞いてから感じていた得も知れない浮遊感からやっと解放されたように感じたのだ。
 かるい倦怠感を味わいながら、いつのまにか額に浮き上がっていた汗を軽く右手で拭った。
「それから、お前、怪我は大丈夫なのか?」
「え?」
 急に怪我と聞かれて何の事を示されているのかわからずに戸惑った。しかし左手に巻かれた包帯が目に止まって、 『この事か』と安堵した。母や弟には馬車の金具に引っ掛けた、と嘘を付いて怪我の状態すら見せていないこの左手の甲の傷。 本来は魔物に引っ掻かれたものなのだがそれを素直に家族やイリヤに言ってしまえば大変な事になる。話が漏れてはいけないし、 まず魔物と出くわした状況を話せば心配をかけてしまうと思い、ラシェにも話してはいけないとデュシアンは考えた。
 これならば全く心配はいらないのだ、と言おうと顔を上げた時、ラシェが驚いたようにこちらの左手を見ている事に気づいた。
「その左手はどうしたんだ? 一体いくつ怪我してるんだ、お前」
「え?」
「カイザーづてで昨日のことを大体聞いている」
「あ……」
 昨日の事を思い出して急激な眩暈を感じたが、すぐにも首を振って背をしっかりと扉に預けながら無理矢理に微笑みを取り繕った。
「うん、大丈夫。軽く切れただけだから。手も、引っ掛けただけだから気にしないで」
「そうか――。だが、あまり無茶をするな。お前にもしもの事がありでもしたら、 叔母上もレセンもどれだけ悲しむか分かっているんだろう? 危険なことをする時は、もう少し頼ってくれ」
「……うん」
 デュシアンはラシェの優しい言葉に驚きながらも、今度は自然と滲み出た笑みを浮かべて口元を綻ばせた。
「ウェイリードもお前の事を心配しているらしい。今日の午前中に釈放されているようだから、 明日にでもアイゼン家に顔を見せにいってくるといい」
「――うん。公子には本当にお世話になりっぱなしだよ」
 自分が至らないせいで円卓騎士団に拘留されてしまった公子を思いだし、乾いた唇を噛む。 いくら≪使用してはいけない力≫を使ったとはいえ、自分の命と≪北の守り≫を守ってくれたのはウェイリード公子だ。 良いことをしたのに彼が罰せられてしまうのがどうしてもデュシアンには腑に落ちないのであった。
「それから」
 沈んだ自分に少し低めの声が降りかかる。
 顔を上げれば従兄は先ほどとは打って変わって眉間に皺を刻んだ怖い顔をしていた。
「変な気の回し方をするな。法皇御前試合なんて本来どうでも良いものだ。一人でレムテストへ行くなんて無謀な奴だ、全く」
「え……」
「いいか、次に首都を離れる場合は必ず俺に言え。俺が駄目ならば俺の知り合いでもなんでも護衛に紹介する」
「ラシェ、わたしの心配してくれるの?」
「当たり前だろうが!」
 ラシェは勢いよく立ち上がってデュシアンの前まで来ると、憤りの色を宿した瞳で見下ろしてきた。 自然と背を反らしながら従兄をまじまじと見上げる。
「お前、俺を何だと思っているんだ? 血の通ってない化け物だとでも思っていたのか?」
 いつもと違い、珍しく必死にこちらへと語りかけてくるラシェがおかしくて、 デュシアン堪えきれずにお腹に手を当ててくすくすと笑いだした。 そんな自分の反応に対して、気分を害した、といわんばかりの怖い表情を浮かべるラシェであったがデュシアンにはちっとも怖く感じられず、 しばらくずっと笑い続けた。
「あのね、もしラシェが公爵になったらセオリア様とレセンを大切にしてね? 約束だよ」
 口約束だけでいいと思った。その約束すらもう確認の必要はないとまで思うようになっていたが、 甘えるように、思いきり笑ったせいで瞳の端に溜まった涙を指で払いながら聞いてみた。
「お前も含めて面倒みてやる。心配するな」
「うん」
 優しいラシェは珍しい。だから甘えついでに一つ気になっていることを口にした。
「それからね、一つ聞きたいの」
「何だ?」
「ダランベール伯爵は、どうしてあんなに母様に執着しているの?」
「伯爵が叔母上を……?」
 聞いてからデュシアンは後悔した。
 ラシェの顔色が青ざめて表情が一気に強張るのが手に取るように見て取れたのだ。瞳に暗い影が差したように思え、 そんな彼を初めて見た、とデュシアンは不安になった。
 こちらが息を飲んで見守っているのに気がついたのだろう、 ラシェははっとしたように一回瞬きをしてから自分を落ちつかせるように視線を反らして軽く息を吐いた。 そしてこちらへ背を向けるとソファに戻り、疲れたように力無く背もたれに背を預けた。
「――それは多分、十数年前のせいだろう」
 赤茶の瞳はこちらに向かなかった。無機質な、必死に感情を隠そうとしているような声色で、 ただ真っ直ぐを見つめながらラシェは答えた。それが少しだけデュシアンには怖かった。
「十数年前?」
 聞いてもいいのだろうか、という心配もあったが、≪知りたい≫という欲望に負けてデュシアンは問いかけた。
「あの時期いろいろと叔母上は悩んでおられた。もともと叔母上の実家はラヴィン家と縁の深い家だ。幼い頃から当然親交もあり、 ダランベール伯爵とも面識があった。叔母上は年上で兄のように伯爵を頼って相談事をされていたのだ。 それが伯爵にとっては叔母上への執着のはじまりだろう」
 二人の間にまさか男女の仲があったのだろうかと勘ぐって青ざめたデュシアンに、 ラシェはすぐにも否定を示すように首を横へと振ってみせた。
「二人の間には何も無いし、お前が気にする事ではない。第一、俺が居る限り叔母上には指一本触れさせはしない」
 強い口調で紡がれた言葉はデュシアンへと話している、というよりは自分へと語りかけているようにも思えた。 寧ろそう思えてならなかった。
 ラシェがこの屋敷へと絶対に泊まらないのはそういう訳だったんだと、なんとなく理解できた気がした。
――ラシェは、自分も戒めているんだ
 自分の心の奥底にある思いを必死に眠らせようとしている従兄の姿を垣間見て、 それを疼かせるような質問をして彼を不用意に苦しめてしまった事をデュシアンはひどく後悔した。


(2004.12.7と2005.1.30)

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