墓と薔薇

閑話:めぐりめぐって

「よし」
 レセンはシャツのボタンをきっちり留め、上着を羽織ると気合を入れるように拳を握り締めた。
 この頃課題が多くて休みも無かったので、今日は久しぶりの自由に使える一日だった。まだ神学校に通う己にとって、 陽の曜日には必ず休みが与えられるはずなのだが、研究課題が続くと休みの日まで勉強づくしになってしまうのだ。しかし それも終わった。
「必ず付きとめてやる。首洗ってまってろよ、不届き者め!!」
 朝から血圧の上がりそうな気合の入った言葉で、現ラヴィン公爵弟レセン公子の一日が始まり出した。

 朝食の母特製ベーコンサンドを食べてすぐに出かけようとすれば、 『どこに行くの?』と声を掛けきた母を無視して屋敷を後にした。母は少々過干渉なのだとたまに煩わしく思う時がある。 母が悲しむ、とか、機嫌を悪くさせる、などの気使いは頭にはなかった。薔薇の贈り主を突き止めるということで頭が一杯であったのだ。
 その為に、『レセンの反抗期が始まった』と母が執事に嘆き、執事から母の呟きを聞いたデュシアンが 『レセンはもっと前から反抗期だよ』とけろりとした顔でさも当然のように言ったことを後日知って、 レセンが大きな衝撃を受けるのはまた別の話である……。



「薔薇……ですか?」
 花屋の店主は、大柄な身体に似合わない繊細な手つきで切花を纏めながら、 これまた花屋に似合わぬ厳つい顔を僅かに傾げてレセンを見下ろした。
 城下町の花屋にでも聞けばきっと薔薇をよく買っていく人間の目星ぐらいつくだろうという生易しい感覚で、 レセンの《薔薇の贈り主捜索》は始まったのだが、捜索はいきなり座礁する。
「今の季節、首都近辺には咲いてはいないですよ。 こんな街の花屋に花を卸すような人間には、薔薇を育てる為の大掛かりな温室なんて設備は運営できないですからね」
 石畳の道端に目立つように売り物の花や球根、 苗などを敷地よりはみ出すように配置(法律違反)しながら、花屋の店主はそう証言した。
 姉に届く薔薇の花束はもう数回に昇る。それなのに薔薇はこの辺りに咲いてないというのだ。 ではあの贈られてくる薔薇はどうやって手にいれているのか――レセンがそう訝しんでいると、 花屋の店主はひときわ大きな看板を道端に置き、石畳のせいでガタガタ揺れるそれを丁度良い位置がないか何度も直しながら続けた。
「南方貿易商と直接商いをしている人なら手に入るでしょうが、私のようなただの市井の花屋には無理ですね。 南方貿易品なんて滅多に市場には出まわりませんし」
 花屋の店主は雑貨の乗った台も歩道にせり出すように配置(法律違反)した。
「貿易商と商い?」
「一般民には無理ですよ。特に薔薇なんて普通でも高級品なのに、南方貿易品となったら余計に高いでしょうね。 まあ、……貴族の方なら金を積めば手に入らないこともないでしょうが」
 店主はレセンを上から下まで眺めながら、肩を竦めた。
「……そうか。やっぱり貴族、だよな」
 改めて、不届き者が貴族であることを認識する。果たして金の掛かった悪戯なのか、 それとも姉目当ての胸糞悪い求愛行動なのか。どちらにしてもはらわたが煮えくり返ることには変わりない。
 捜索対象が、街の花屋から南方貿易商に変わった。 南方貿易商など、どのくらいの人数がいるかわからないが、取りあえず片っ端からあたってみて、 薔薇を買い占めるような人物の目星をつけようと考えた。
「その南方貿易に携わる貿易商はどこに行けば会えますか?」
「港にでも行ったら一人ぐらいには会えると思いますよ。商会の支部があるけど、倉庫が多いから迷い易いでしょうね。 とりあえず貿易船の傍とかを探してみたらどうですかね。派手な装いをしてるから、すぐ分かりますよ」
 その助言通り、レセンは港の方へ足を運ぶことにした。貿易商の一人に会えればその者に思い当たる人がいなくても、 他の貿易商を紹介してもらえるだろう。そうすればいつかは辿り着くはずだと踏んだのだ。花屋の店主に礼を告げ、 花を持ち歩くのは少々気が引けたので、花壇の為の小さな置物を一つ購入して懐に仕舞いこんだ。
 レセンは大通りにある騒がしい市場を抜けると港の方へ―― 宮殿や自分の屋敷のある貴族の邸宅の並ぶ地域から遠ざかる方向へ、足を進めた。
 首都は直接大海に面しているわけではないが、国土を分断する狭い海峡に面している。 貿易船を装った軍隊や海賊の侵攻を防ぐ為に、海峡に掛けられた橋は特に首都近辺は低く設定されており、 はるばる遠方からやってきた巨大な南方貿易船は首都まで侵入することはできずにいた。 その為に海峡入り口の街アリアラムで貿易品は南方貿易船から一旦全て下ろされ、 検閲を受けてから、重量のない腐らない物は陸路を通って首都まで運ばれ、 氷室結界を必要とする腐りやすいものや重量のあるものは海峡をのぼって素早く首都へ運ぶために小型の船へ積み直して運ばれて行く。
 その積荷を預かるべく首都の港には巨大な倉庫群とそれを管理する南方貿易商人の所属する商会の支部もあるが、 確かに広い敷地の中で支部を見つけるのは容易くないだろう。素直に港の波止場へと向かうことにした。


 それから四半刻(三十分ほど)しないうちに目的地へと到着した。凍えるような強く湿った風にレセンは眉間の皺を深くさせた。 ぶるっと身体を震えさせて、もう少し着込んでくるべきだったと後悔する。
 暖かい時期なら海風も気持ちの良いものなのだろうが、こんな冷たい北風の吹く季節には不愉快以外のなにものでもない。 辺りを見まわすと、港の関係者以外の姿なんてどこにも見当たらなかった。これだけ寒いと。さすがに子どもも風邪を引くと、 乗りもの好きな子連れの親子の姿も見かけることはなかった。
 遠くに小さめの船がずらりと停泊している姿が見えた。赤煉瓦の倉庫群が所狭しと並ぶ前。おそらくあの場所へ行けば、 南方貿易商の一人ぐらいは捕まえられるだろう。そちらへ近づけば、 すぐにも船乗りに何か指示を与えている恰幅の良い派手な衣裳の紳士を見つけることができた。 花屋の店主が言うように、本当に派手な衣装だ。橙色の外套など初めて目にする。真緑のターバンから見える黒髪と黒い瞳、 黒い髭は少々神秘的に思えた。人種が違う――初めてそれを意識した。
 仕事の邪魔になるだろうなと躊躇もあったが、声を掛ければ以外に笑顔で応対してくれた。尋ねれば、 その紳士は確かに貿易商だった。
 しかし質問を続けていく内に、申し訳なさそうに首を横に振られてしまった。
「どなたと商いをしているかは企業秘密なのですよ。これは暗黙の了解なので、どの貿易商に聞いてもそう答えますよ」
 ここで振り出しに戻る。
 街の花屋ではこの季節、薔薇は買えない。そして貿易商は商い相手を決して話してはくれない。 この二つの理由で行き詰まってしまった。
――しょうがない。薔薇から探すのは諦めるか
 気を取り直して、足早に首都中心部、宮殿の方へと踵を返した。
 まだもう一つ重大な手がかりはある。そちらから探すことに切り替えたのだ。
――ラシェの知り合いをあたる
 従兄のラシェは、薔薇の贈り主を知っている。だから薔薇の贈り主は、きっとある程度ラシェと面識のある人間だと推測できる。 その上で、貴族もしくは金持ちの人間だ。範囲は狭まるだろう。取りあえずは城のどこかでラシェの友人の誰かを捕まえて、 そこから情報を得よう、と考えた。



 もう一度四半刻かけて首都中心部に戻り、宮殿と神殿を総称するいわゆる《城》と街を別ける水路に掛かる橋を渡りながら、 ため息を零した。
――そう言えばあいつの知り合いって、かなり多いし幅広いよな……
 あの捻じ曲がった性格の冷血漢は、人から敬遠されそうな人格破壊者であるくせに何故か知り合いは多い。 従弟の自分からすれば完全に関わりたくない人種なので、それは不思議で仕方ないことだった。
――俺の周りって、色濃い奴らばっかりだ
 ラシェしかり異母姉しかり。そして――平行して思い出した無駄にキラキラした顔が、今まさに目の前に現れて、衝撃を受けた。
「なんでお前……」
 『神の使いの容貌を持つ悪魔』がなぜこんな場所に。城門近くというよりも、ほぼ門の外だ。左右を確認するが、護衛はいない。 このような場所で護衛も付けずにいるのはなぜか。
「良いところに、レセン」
 真正面、橋のど真ん中で笑顔でそうのたまう《悪魔》は、瑠璃色の瞳を輝かせたので、レセンはとても嫌な予感がした。
 こいつは自分の立場を全くわかっておらず、幼い頃からめちゃくちゃなことを経験したがる大変な危険人物だ。 二歳年上にはとても思えないほど落ち着きがない。こいつのせいで、何度様々な人物から説教を受けたかしれない。
 悪事に関わりたくないのに、いつも関わることになってしまう腐れ縁と間の悪さを呪うしかなかった。
「お前に話したくて仕方のない事があってね」
 《悪魔》はしたり顔で微笑んだ。柔らかい金髪が揺れている。
「何が」
 今日はあんまり貴方に付き合う暇はないんですが――レセンはその棘を言葉と表情に込める。
「お前の姉の話だよ」
「は?」
 何で姉上の話を、何でこいつが。レセンは大いに目を丸くさせた。
「聞きたそうだね」
 《悪魔》にやにや笑っている。本領発揮だ。
「ところで私は街に行きたいのだが」
 こちらの食いつきを無視するように《悪魔》は自分の要求を告げた。つまりは付き合えということだろう。 いつもはもっと警備の隙をついた抜け道を探すのだが、今日は寧ろ正面から抜けてみる気らしい。堂々としていれば、 かえって怪しまれずに門を通れるかもしれない。
――また城脱走の共犯者にするつもりだな
 下品だと分かっているが、舌打ちしてしまう。と、晴れていたはずなのに急に影が差した。
「残念ですが、殿下はこれから兵法の勉強のお時間です」
 曇ったのかと思えば、そうではなかった。大男が音もなくぬっと現れて、その身体で太陽を遮ったのだ。全く気配はなく、 驚きすぎて息が止まりそうになった。
「げ。ジェノ!!」
 《悪魔》は後ろから聞こえた声に恐る恐る振りかえり、その黒い軍服姿の大男を見て固まってしまった。 ざまあみろ、と思う。
「殿下。よくも勉学の時間に抜け出そうとしてくれましたね。しかも大切な兵法の時間に」
 大切な、の部分にちからが篭っている。大男は険呑な雰囲気で全身に怒りをまとわせて《悪魔》を見下ろしていた。 有無を言わせない空気だ。背も大変高く、素晴らしく実用的な筋力を持っているので、 彼の前に行くと小さな子どもになった気分になれる。実に情けないと自分でも思う。
――要領も頭も良いくせに、なぜか過ちを繰り返すんだよな
 勉学の時間に逃げ出せば、すぐにも捜索の手は伸びる。懲りない奴だと思った。
「い、いや、私は別に……」
 冷や汗が出ている。徐々に後退しているようだ。王族有史以来一番の賢王になるのではないかとまで言われた神童も、 成長すればただの人、なのだろうか。
「や、やめろっ」
 どっこいしょ。色男の見た目に合わない掛け声と共に、《悪魔》から悲愴な声が上がった。
 肩に担がれるという、目も当てられない《悪魔》のその姿が哀れだ。せいぜいイルーダに見られないよう気をつけることだな、 と祈ってやる。流石にそれは可哀相だと思う。誰もが情けないところを好きな人には見られたく無いわけだし。
 好きな人、との言葉で思い浮かんだ顔をに、慌てて首を振って否定した。 そして、レセンは自分が何をしにここへやって来たのかを思い出した。
「御前失礼、レセン公子」
 自分も良家の人間のくせに騎士としての礼儀は忘れない男は、肩に《悪魔》を腹ばいに乗せたまま礼をして踵を返した。
「いい国王になれるよう努力しろよ」
 のっしのっしと闊歩する大男の肩に担がれて運ばれていく《未来の国王》に、レセンは明るく手を振った。 どうせその内すぐにも地べたへ放り投げられるだろう。さすがにあの側近も国唯一の王子を肩に担いだまま宮殿内は歩くはずがない。 けれどもあれだけ高い位置から放られれば、どこぞを痛めるやもしれないが自業自得だと鼻で笑った。
「薄情ものめ!」
 恨めしそうな声が響いたが、聞かなかったことにしようとレセンは思った。
――あ。姉上の話、聞き忘れた……
 後であの悪魔――王子セレドの元へ顔を出そうと決めた。
 そして、薔薇の贈り主の探索を再開すべく歩き出そうとして、しまった、と呟いた。
――間違えた
 いつもセレドの所を訪れる癖でつい宮殿側から入ってしまったが、ラシェの知り合いの多くは神殿の人間であることを思い出す。 宮殿と神殿は繋がってはいるが、あの通路を使用するのは少々気持ちが進まなかった。だが、 いちいち神殿側の正門へ行くのも遠くて面倒くさい。仕方なく宮殿西側から神殿へ通じる通路へ入った。

――なんでこんなに睨むんだよ
 宮殿と神殿を繋ぐ渡り廊下は警備の者が多く配置されているのだが、しんと静まり返っていてとても歩きづらい。 ここを警備するのは神殿騎士団であり、神兵団所属の魔道師もいるようだった。
 レセンはラヴィン公爵家の跡取り息子ということで幼い頃から神殿に出入りしていたので顔が知られており、 彼らはこちらの事を十中八九誰であるのか理解しているはずだが、決して手を抜かずにこちらの一挙手一投足を観察してきていた。 いつ来ても良い気持ちのしない場所。きっと誰にとっても。
 神殿の正面入り口にも、こことは比較にならないほどの神殿騎士と魔道師、神官たちの監視の目があるが、 あちらは遠くから観察してくるのであまり視線を意識することはない。しかしここはとても狭い通路であるので、 不躾な視線をばんばん感じるのだ。
――俺になにが出来ると思ってるんだか
 神殿上層部の人間は、外部より内部の人間へ目を光らせている。思想対立による武力紛争を恐れているのだ。 過激派などと呼ばれる一部の暴徒がいるのは紛れもない事実。思想が、 時には思わぬ行動に人を駆りたててしまうことはレセンも何となく理解していた。
――人の心ほど難しいものはないからな。仕方ないのかもな……
 色々文句もあるが、神殿側の貴族としてはそう納得するしかないことを、レセンは亡き父から教育されていた。

 神殿騎士が最後まで監視の目を弛めなかった渡り廊下を抜けて神殿東部に出ると、 小走りの神官やしずしずと歩く巫女たちの姿が見受けられて何だかほっとさせられた。
 際立ってここがうるさいわけではない。静か過ぎるくらいだ。けれども、 先ほどの廊下にあったぴりぴりと緊張感溢れる空気はここには無かった。
 まずは奴の友人を捕まえなければ。気を取り直すと、レセンは研究塔のある方へと足を進めた。宮殿ほど大きくはないが、 神殿にも魔法を研究する施設が備えてある。
「やっぱり、研究仲間かな……」
 ラシェは言語学者だ。さまざまな古代言語に精通しており、数々の遺跡に足を運んではそこに残る古代語の散文を解き明かしている
――正直、羨ましいんだよな……
 レセンは大きなため息を吐いた。
――俺はいつか《北の公》になる
 自分には《北の公》としての責務が圧し掛かってくる。そうすれば、長期間も外に出る必要のある研究には手を出せなくなる。 遺跡関係の研究者などもってのほかだ。
――遺跡廻りはきっと楽しいのだろうな……
 額を押さえて首を横へ振った。
――ちがう、駄目だ。考えるな
 遺跡の研究者は、自分には向かない。いつまでも異母姉を苦しい立場に置いておくことなんて出来るはずもないからだ。 成人すればすぐにでも《北の公》の地位について、異母姉を元の落ちついた暮らしに戻してやりたいのだから。
 確かに古代の謎を紐解くことは楽しいし、そんな研究に携わりたいと思っている。しかし、優先順位は異母姉が上だ。
「おー、レセン公子じゃん。《猛き女公爵》にご用事かい?」
 明るい声に思考を阻まれて、レセンは顔を上げて振りかえった。その人物見て、レセンは自分の幸運を知る。 研究塔まで行く手間が省けたのだ。しかも相手はとても話が分かる男だ。
「やあ、クリフ。その《猛き女公爵》って、まさか……」
「ああ、お前の姉君のことさ」
 クリフは底抜けに陽気な笑顔全開でこちらを見下ろしてくる。彼はラシェの仲間であり同期だ。 二十七歳という年齢を感じさせない童顔でひょろりと背が高く、のんびりとした性格の持ち主だ。 研究内容こそラシェとは全く違うが、今でも仲が良いらしい。
――まあ、ラシェの方は仲良しの意味を知っているかどうかは怪しいが、ね
 レセンは心の中でそう毒気づきながら、クリフを見上げた。
「お前のねーちゃん、すごい啖呵切ったって神殿中の噂だぜ?」
「……知ってるけど、そんな風に呼ばれているとは――」
「この間ここを歩いているのを見たけど、随分可愛い感じの姉ちゃんじゃないか。啖呵切るようには思えなかったな」
――当たり前だ
 そう言い掛けて、口を閉ざした。
 異母姉はそんな人じゃない。啖呵切るときだってどうせ本当は身体が震えていただろう事が手に取るようにわかる。 あの人はとても弱虫だから。庭の隅でこっそり泣いているような、そんな人なのだから。
 もちろん異母姉の啖呵を切った理由を分かっていたので、そんな野暮な事を口に出すほど愚かではない。
「昔どっかの社交場で見た憶えがあったんだが、あの頃はもっとこう小さくて、守ってやりてぇ、って感じだったのに、 成長しちまうもんだな、人間ってのは」
「ふうん」
 あの人はずっと弱虫のままだ。守って下さいと言わんばかりの、弱弱しい人間だ。 成長なんてしてない……してないはず、だ。
 レセンは自信を持って言えない自分に驚いて口元に手を当てた。
 デュシアンは成長してないと、思っていた。けれども、それは本当なのか。本当に、成長していないのか。
 レセンは腹の中に一気に氷を詰め込まれたような、とても嫌な感覚を味わった。この手から、何かがするりと抜け落ちていくような、 喪失感に襲われる。それはとても恐ろしくて、切ない。
「こう前を見据えて歩く姿は凛々しかったな。可愛い顔で男装ってのは、一部で熱狂的な――」
「それより、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 これ以上そんな話をしたくなくて、レセンは話を遮った。
「あれ?」
 クリフは困ったような表情で頭を掻くと、首を傾げていたが無視をした。
「ラシェの知り合いで、南方貿易商人と取引を行っているような貴族の人間を知らないか?」
「は? 南方貿易の商人と商いをする貴族か?」
 クリフは腕を組んで悩んだ。
「それか、その貿易品を手に入れることのできる金持ちでもいい。とにかくラシェの知り合いの中で、だ」
「南方貿易の貿易品はぴんからきりまであるからな。物はなんだい?」
「花、なんだが?」
「花の貿易品か? それなら貴族ならそれなりに皆買ってると思うぞ。 花は品質期限が決まってて氷室結界を最大限利用しないと運べないものだから、貿易品の中でも最高級に高い部類に入るが、 貴族のたしなみっていうのか。お前の方がそういうのは分かるだろ? その為に自分の 好きな花をいつでも傍に咲かせておきたいって人は多いだろうから」
「つまり」
「ラシェの知り合いで、南方貿易品の花を手に入れる貴族や金持ちは大勢いるってことだな」
 その言葉にレセンは肩を落とした。これではなんの手がかりも掴めないではないか。
「……なんとか絞れないか?」
「うーん、ちょっと無理だな。あいつは顔が広いんだよな。《法皇御前試合》で知り合った奴とか学者仲間とか、 多分宮殿の方にもかなりの知り合いがいると思うぞ」
「なんであんな性格の奴が、そんな広範囲に知り合いがいるんだよ」
「そりゃあ《法皇御前試合》の連続優勝者だからなー。みんなあいつと知り合いにもなりたがるさ」
「今年は負けるといいな」
 悔し紛れにレセンは呟いた。
「そんなこと言ったら殴られるぞー」
「残念だよ、僕が出場資格を得た時にはラシェは出場資格を失う。あいつと戦うこと出来ないのだから」
「てゆーか、お前さんは出れんだろ。十八で成人したら、すぐにも《北の公》になるんだろう?  《北の守り》関係者は出れない規定なんだから。だからあの《魅了の公子》はもう出られないんだし」
「でもあの公子は四年前に一度だけ出たじゃないか。あの人はなんで出れたんだ? アイゼン家の嫡子のくせに」
「十八歳になって、すぐに《第二の守護者》の後継者として公式に指名されなかったんだよ。 《法皇御前試合》に出場した後に指名されたんだ。多分、一回ぐらいは出場したかったんじゃないか?」
「……あの公子ならきっとラシェをぼこぼこに出来るんだろうに」
「お前、自分の従兄を……」
 クリフは苦笑しながら頭を撫でてくるので、レセンは猛烈な勢いでその手を払った。


 あまりにラシェの交友関係が広範囲で、その中からはとても特定できそうになかった。朝の気合もセレド王子のところへ寄るのも忘れ、 意気消沈して屋敷に帰った。
 帰宅を告げに居間へ入れば、母はマーガレットを花瓶に挿していた。
 何となく、嫌な予感がする。
「ええそうよ。これは南方の船で着たものよ。ちょっと高いけど、マーガレットはデュシアンも大好きだし私も好きなのよー」
 我が家も南方貿易の品を買っていたことに、レセンは項垂れてその場に座り込みそうになった。


(2004.1.4)

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