「これで良いかしら? どう、ヴェラ」
「完璧です、奥様。お嬢様は世界で一番お美しいです!」
継母の確認に、隣りに立つ若い女中は厳かな面持ちで力説した。彼女は己が仕える娘に対し、
少々盲目だとデュシアンはいつも密かに思っている。聞いているこちらが恥ずかしくなる。
周りを取り囲まれること一時ほど。ドレスを着ている自分が映りこむ姿見をじっと見つめてみる。
なかなかの器量良しだと自分でも思ってしまえるほど、継母と使用人の女性たちの腕が良いのだとデュシアンは感心してしまう。
短い後ろ髪は少しづつ掬いとってねじると真珠の付いた飾りピンですっきりと留め、首筋を顕わにした。
前髪はサイドに流し、少しは年相応の大人っぽさがでたようだ。
継母の見立は大抵は流行のレースをふんだんにあしらったドレスになるのだが、
今回は公爵としての威厳と上品さや優雅さを優先させたのか、あまり飾り気がなく滑らかな素材のドレスが選ばれた。
大きくあいた襟ぐりから覗く喉には華奢な銀細工のネックレスが輝き、腰元の広がりを押さえられた裾が丁度良い気品を与える。
自分でも大層気にしている幼い風貌も、しっとりとしたドレスと化粧のおかげでどこか大人の色香を感じさせてくれる――ような気もする。
デュシアンは夜会が嫌いではあるが、心は逸った。
「はっ!」
ヴェラは瞳を見開き、両頬に手を寄せた。
「どうしましょう、セレド殿下に見初められでもしたら! わたしのお嬢様が!」
ありえないよ、とデュシアンはくすくす忍び笑う。
いやいやと首を振るヴェラの横で、ひとりの女中が頬を染めてぽそりと呟いた。
「グリフィス様も会場にいらっしゃるのでしょうか?」
こうなると、堰を切ったようにヴェラを含めた四人の年若い女中たちは興奮した様子で語りはじめた。
「グリフィス様って、颯爽と歩くお姿は一陣の風のようよね」
「乙女の憧れだわ。まさに夢のような王子様」
「でも同じ騎士だったら、私はジェノライト様がいいわ。ちょっと女性関係が気になるけど、あんなに素敵な方は見たことないもの」
「あら、それならダリル・フォスター将軍だって素敵よ!」
「カッコイイけど、三人の子持ちよ」
「ご養女がたの存在は重いですよねえ」
「わたしは、大貴族のウェイリード様もストイックで素敵だと思います」
「あら、権力も財力もご容姿も申し分なしだけど、黒い噂が絶えないわ」
「影があるところがいいんですー」
「元老院のヒュー様も素敵よね。国で一番お強い方だし」
「あら、国一はジェノライト様よ!」
「ヒュー様よ!」
「ジェノライト様!」
「お嬢様はどなたが好みですか?!」
四人が興奮した様子で振り返る。呆気にとられてぽかんと口を開けていたデュシアンが答えに困窮していると、
「おほんっ」
と年嵩の女中が咳払いを一つ。かしましかった四人は真っ赤な顔で口を閉じた。
ばつが悪そうに苦笑いを浮かべてこちらへ謝罪する。勢いのある会話にはびっくりしてしまったけれど不快でもなんでもなかったので、
デュシアンは笑って許した。
継母もさして気に留めた風でもなく、静かに微笑みながらデュシアンへと向き直った。
「さあ、下に降りて、まずは貴女の従兄を魅了してしまいましょう」
女中たちの歓声が上がった。
(日記にて:2006/8/12)
(目次up:2007/12/12)
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